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今回から新しく連載するのは私のお客様でもある神奈川にお住まいの西山さんの 育児エッセイです。お買い上げ頂いてからもお互い「器好き・酒好き」ということで メ−ルの交換をさせて頂きました。西山さんは3人のお子さんがいらっしゃいますが ご長男と女の子の双子ちゃん。1人育てるのにもフ−フ−いってる女将としては 尊敬の眼差しです。しかも双子ちゃん出産と同時に御主人が単身赴任されたとか・・・

第3回 育児がスタ−ト


「我が家に双子がやってきた!」 Vol 3



筆者紹介

西山 京子 (にしやま きょうこ) 昭和39年生まれ。神奈川県在住。
大学卒業後、某通信関係の会社に就職。
3年半在籍し、社内結婚のため退社。 その後取引先だった外資系の会社でアメリカ人の秘書もどきを1年半務め、 平成3年、長男の出産を機に退社。
当時流行っていたディンクスで頑張るつもりが予定外の妊娠・出産で、そのまま専業主婦に。 4年後、双子の女児を出産。現在長男小学2年生、双子3歳。 キャリア思考はどこへやら、すっかりたくましき3児の母となる。



「魂が抜けた・・・」
分差で生まれてきたのは2974グラムと2724グラムの予想よりジャンボな女の子2人 だった。長男の時は、陣痛も分娩も徐々に進んだので、生まれたときはものすごく感激して涙 が出たが、今回は予期せぬことばかりで、お産が終わっても体中はがたがた震え続け、恐怖の 闇からやっと抜け出したという感覚だった。赤ちゃんを隣りに連れてこられても、視界に入っ ただけで、顔もよく見てやれなかった。でも、時計を見ると、いろいろあったといっても陣痛 が始まってからたった1時間半しかたっていないのだった。とりあえず赤ちゃんは二人とも五 体満足で事なきを得たが、私は病室に運ばれるまで魂が抜けたようになっていた。

「ノーテンキな夫?」
 食後、両親が長男を連れてきた。長男は迎えが1時間ほど遅れたので、保育園ですねてい たそうだ。ベビールームに並んだ自分の妹たちを見ても、今ひとつピンとこないようだった。 みんなの顔を見ると初めてホッとして涙が出た。母が主人に連絡してくれたというが、その日 主人から電話はなかった。こんなに大変な思いをして、あんなに欲しがっていた女の子を2人 も産んであげたのになんてやつだ。母が電話をした時も、お産は夜になると勝手に決めていた 主人は「いよいよですねー」とノーテンキなことを言っていたらしい。1時間半で生まれたと 聞いて超安産だと思っていたという。

「二人ともやっぱりかわいい!」
 の部屋はベビールームの真ん前で、夜、部屋から出てみると下の子が顔をくしゃくしゃに して泣いているのが見えた。上の子はすやすや寝ている。日付が変わろうという頃になって初 めて、つくづくと赤ちゃんの顔を見た。二人ともやっぱりかわいい!今日、この私がこの子た ちを産んだのだ。保育器に入ることもなく、一緒に寝ている他の赤ちゃんになんの遜色もない 二人を見ると、嬉しくて、誇らしくて、目頭が熱くなった。 なにもかもが長男の時には経験しなかったことで、とても2度目とは思えない出産だった。

でも、普通は望んでもこんな経験はできない。そうやって自分をなぐさめながら、これからこ の子たちを育てていかなければならないのだ。そんなことをぼんやり思いながらガラス越しに 二人を見つめていた。

「名前はきんさん・ぎんさん?」
 心したのも束の間、二人ともなかなか新生児検診でよい結果がでず、やきもきさせられっぱ なしだった。日赤に通ったりもしたが、それでもなんとか1週間で退院でき、まぎれもなく戦争 のような日々が始まった。 さて、困ったのが名前である。女の子二人、というのが頭になかったので、入院中も主人と電話 であれこれ話し合ったのだが、なかなか決まらなかった。主人は長生きするよう、きんとぎんに しよう、などとふざけたことを言っていたが、紆余曲折を経て、二人に千尋(ちひろ)と歩実 (あゆみ)と名前がついたのは、出生届の提出期限ぎりぎりだった。 長男を産んだのは4年以上前のことで、新生児の頃のことはほとんど記憶になく、また一からや り直しだった。出産まで眠れない日々が続いたけれど、それは産んでからの方がひどかった。

「双子って、産む前も、産むときも、産んでからも大変です」
んなに早く産みたいと思ったことを後悔した。とにかく授乳のペースができるまでは2時間 続けて眠れればいい方で、妊娠中の身体の負担が大きかったせいか、母乳もほとんどでなかった。 でないおっぱいをくわえさせたまま、壁にもたれてうとうと…なんて夜はしょっちゅう。 オムツとミルクはあっという間になくなって、お金は羽がはえたように消えていった。 双子をもつということは、精神的、肉体的、そして経済的に大変なのだということを産んではじめて 実感した。友人に宛てたハガキには「双子って、産む前も、産むときも、産んでからも大変です」 と書いて出した。

「単身赴任」
 れでも夏になる頃には、どうにか双子の世話にも慣れ、そろそろ別居生活も終わりだなと 思っているところにまたまた問題が勃発した。これからは母の手助けなしに双子の育児をせね ば、と自分なりに覚悟をきめようとしていたまさにその時、主人の口から出た言葉は 「単身赴任」 だった。 仕事が忙しいのは聞いていたが、やっと家族一緒に生活できると思ったら、またもや別居だなん て。行き先は長野。高速をとばせば2時間半なので、週末には自宅に帰って来るからと、私の文 句の一つも聞かず、無情にも彼は長野に行ってしまった。 2学期からは向こうの幼稚園に入園することになっているし、このまま実家でずるずる暮らすわ けにもいかず、始業式を目前に、母と一緒に神奈川の自宅に戻ってきた。母の滞在も2週間限り である。

「とうとう一人」
して2週間後、私はとうとう一人になってしまった。慣れたはずのミルクもお風呂も一人では 手際が悪く、もたもたしてるうちに時間ばかりが過ぎる。出産前に本で読んだ"家族の協力"が いかに重要かを思い知らされたのだった。

冬に向けてのお風呂は本当に大変で、3人を1人ずつ入れると1時間半はゆうにかかる。自分 が身体を洗うなんて気力は残っておらず、でる頃には身体は冷え切っている。まだ立つことも できない双子を一度に入れることはできないし、脱がせて、洗って、着せるまでのすべてを 毎日一人でやるのは体力的につらかった。少しでも双子の体調が悪いと、それをいい口実に お風呂をパスして、この時とばかり一人でゆっくり入浴した。そんなことを積み重ねながら、 徐々に自己流で双子育児の簡素化をはかっていった。

つづく・・・



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