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今回から新しく連載するのは私のお客様でもある神奈川にお住まいの西山さんの 育児エッセイです。お買い上げ頂いてからもお互い「器好き・酒好き」ということで メ−ルの交換をさせて頂きました。西山さんは3人のお子さんがいらっしゃいますが ご長男と女の子の双子ちゃん。1人育てるのにもフ−フ−いってる女将としては 尊敬の眼差しです。しかも双子ちゃん出産と同時に御主人が単身赴任されたとか・・・

いよいよ最終回 です


「我が家に双子がやってきた!」 Vol 4



筆者紹介

西山 京子 (にしやま きょうこ) 昭和39年生まれ。神奈川県在住。
大学卒業後、某通信関係の会社に就職。
3年半在籍し、社内結婚のため退社。 その後取引先だった外資系の会社でアメリカ人の秘書もどきを1年半務め、 平成3年、長男の出産を機に退社。
当時流行っていたディンクスで頑張るつもりが予定外の妊娠・出産で、そのまま専業主婦に。 4年後、双子の女児を出産。現在長男小学2年生、双子3歳。 キャリア思考はどこへやら、すっかりたくましき3児の母となる。



「やっぱりタイヘン幼稚園」
より大変だったのが長男の幼稚園の送迎。まだ寝返りをしない頃は、双子を家においたまま、 自転車で送り込んでいたのだが(往復の所要時間10分)、二人が動くようになるとそうもいか ず、縦型の二人乗りベビーカーにのせて毎日連れてでた。これがまた重労働で、今のベビーカー はB型だと3kgないものが普通だが、ツインカーはB型でも12kgくらいある。

幼稚園までは一応歩道があるのだが、車の出入りするところは歩道が斜めになっていて、 ベビーカーを傾かせずに操縦するには、すごい力がかかる。それを毎日2往復するので、 私の手は鉄棒の選手のようにマメだらけになった。早くから雨の降っている日は、あらかじめ 近所の人に送迎をお願いできたのだが、降園時間まぎわになって雨が降り始めた時など、電話 をしても誰もつかまらず(うちは比較的幼稚園から近かったので、家を出る時間が遅かった)、 二人に合羽を着せ、私はずぶぬれになってベビーカーを押して迎えに行くこともあった。

「小学校は天国」
時と2時の送迎は時間的にすごく拘束された。2人分のお出かけ支度をするだけで (冬は特に)時間がかかるし、昼寝にひっかかることも多かった。離乳食が始まってからは、 ますます時間に追われ、不経済だと思いつつ、ほとんどを瓶やレトルトのベビーフードですま せた。お金はかかったが、精神的に煮つまるよりいいだろうと、便利だと思えるものはなんで も使った。
卒園式の時には、我が子の成長に感激したのも事実だが、これで私もあの送迎から解放される 思うと嬉しくて涙が出た。この頃のことを思えば、小学校は本当に天国である。

「次々移る病気」
 それから病気。長男が幼稚園から運んでくるのである。命に関わるような大病はしなかった ものの、双子が1歳過ぎるまでは、病院のお世話にならない月はなかった。長男は予防接種を 全て受けているので、本人は罹らなくても、下の二人が次々はやり病いに罹る。これには精神 的にも肉体的にもまいってしまった。私一人で、まだ歩かない赤ん坊を二人病院に連れていく のは至難の業で、市販の薬と、週末主人の帰ってきたときに病院につれていく、というパター ンでなんとかしのいでいた。

「まわりの協力は不可欠」
男はそんな私の忙しさを目の当たりにしていたせいか、無理も言わずよく手伝ってくれた。 近所の人たちも、双子が病気になると、幼稚園の送迎や買い物をしてくれたり、ご飯を作って きてくれたりした。母もみかねて3ヶ月に1度くらい手伝いに来てくれた。幼稚園のお母さん 方は、幼稚園がひけてもどこにも遊びに連れていってやれない長男を預かってくれたり、一緒 に遊びに連れていってくれたりした。

そうやって周りのみんなに助けられながら、私はなんと か長男の幼稚園時代を、精神的に病まずに過ごすことができたのである。当時、私には遠慮す る余裕などなく、社交辞令だった人には悪いが、厚意を申し出てくれると素直に甘えた。 やっぱり双子育児に、夫の…もとい、「まわりの協力」は不可欠である。

「双子3歳、"今が旬"」
歳過ぎにかかったはしかを最後に(この時は筆舌尽くし難いほど大変だったが)、不思議と 二人とも病気をしなくなった。主人も単身赴任から戻り、やっと普通の家族の形になった。二 人とも10ヶ月でよちよち歩き始め、1歳半頃から片言をしゃべるようになり、2歳10ヶ月 でやっとオムツがはずれ、3歳を過ぎた今は赤ん坊の片鱗さえない。二人で遊んでくれるので、 親は相手をしなくていいし、お友達と遊べない日も困らないという双子のメリットも享受でき るようになった。お揃いの洋服を着て、二人並んで歩く姿はやっぱり双子ならではだ。ようや く最近一人一人のかわいさをかみしめてやる余裕ができてきた。双子3歳、"今が旬"である。

「いつもどこかで誰かが泣いている」
かし、自己主張が強くなるほどぶつかることも多くなり、いつもどこかで誰かが泣いている。 2人でもケンカは絶えないが、3人になるとすさまじい。仲裁するにも現場を押さえない限り 彼らの話を聞いても真相は謎である。お兄ちゃんは自分に有利に言い訳する術を知っているし、 双子はお互いに罪をなすりあう。そのやりとりがおかしくて、噴き出してしまうこともあるの だが、いつもいつも笑ってばかりもいられない。

「身体を張って・・・」
男一人の時には、ほとんど怒鳴ったことな どなかった私が、ふと気がつくと毎日毎日子供以上に大きな声で叫んでいる。ボルテージが上 がりすぎて、自分の感情のままに怒鳴りちらしてしまうことだって1日に2度や3度じゃない。 おまけに手がとぶ、足がとぶ…。身体を張って子供と渡り合うなんて、本当に私もたくましい 母と化してしまったものだ。何度叱られても、懲りずに3人でもつれ合っている姿を見ると、 兄妹っていいものだと頭をかすめることもあるが、たいてい一瞬でそんな感傷は吹き飛ばされ、 何かしら私を怒らせることをしでかしてくれている。

「双子を産んでよかった」
も主人は仕事が忙しく、生活は単身赴任の頃とあまり変わらない。それでも笑って毎日過 ごせるようになったのは、ひとえに双子の成長の賜物である。にっちもさっちもいかなくて ホントに何もかも投げ出してしまいたくなったことも何度となくあった。お互い忙しすぎて、 夫婦の間がしっくりいかなかった時期だってあった。だけど、そんなことも今は笑い話。 双子を持つ先輩たちの「今は大変でも、絶対に楽になるときが来る。双子を産んでよかったと 絶対に思えるときが来る。」という言葉も、ホントにそんな時が来るのかと半信半疑だったが、 今は心からそう思う。

「そしてこれから」
輩たちによると、これから双子が幼稚園や学校に上がると、"比較"という問題がかなりシ ビアに迫ってくるのだそうだ。肉体的に解放されたと思ったら、今度は精神的な課題を突き つけられる。本当に双子って厄介だ。だけど、今までだって、いろんな問題にぶちあたるたび、 どうなることかと思いながらも、それなりにやり過ごしてこられたのだ。きっと、この先もど うにかなるさ。3児の母は強いのだ。そう開き直って、今は束の間(!?)の休憩時間をむさ ぼっている。 ただ、いつまでたってもどうにもならないのがお財布事情で、ミルクとオムツの後は、二人 の私立幼稚園の保育料を捻出すべく、求人情報を凝視している今日この頃である。



今回で西山さんのお話は終わりです。でも是非幼稚園での顛末を伺いたいものです!


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