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アジアの朝にはお粥が良く似合う。朝食の迎え方も国それぞれなら、お粥の個性もそれぞれ。二十歳の頃、柔道の遠征で訪ねた台湾。台北の寄宿舎で食べた素朴なお粥のうまさは今も脳裏に焼き付いている。一口食めば、口中に清清しい甘さが広がり、胃腸の疲れを癒し、身体全体を整えてくれるようなやさしさを味わえる。お粥の朝食には、米を主食としてきた民族の秘めたるパワーの源泉があるような気がする。
● ● ● ●いろいろなお粥たち●
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喧騒とともに明ける香港の朝は、「粥麺専家」なる粥専門店の前で出勤前にお粥をすする人々の光景で始まる。日本の粥とは異質な炊き上がり。米は、水と油を吸い込み完全に原型をとどめぬまでの状態になっている。米のでんぷん、だしの水分、そして油が乳化しているとも思えるほどの渾然一体感だ。油条(揚げパン)や香草(パクチー)をはじめ好き好きのトッピングは楽しいし、具材もピータン、牛の内臓、魚ボールなどバラエティー豊か。具のアクセントは味付けにはとどまらず、食感や香りまで幅広い奥行きを見せ付けてくれる。
土鍋の蓋を開けると立ち込める湯気。冬の冴え渡った空気にさっと暖かさが広がる。日本のお粥ほど冬の静けさに似合う食べ物はない。こちらはしっとりとした味わいの質素で素朴なお粥。水の良さ、昆布のだし、白粥が基本のやさしい味だ。京都では「おかいさん」として、朝に限らずポピュラーな食べ物。白粥をベースに梅粥、鮭粥、茶粥、小豆粥、芋粥、根こんぶ粥など、おいしいお粥を挙げればきりが無い。生米からじっくり炊き上げる「お粥」は「雑炊」「おじや」や「お茶漬け」にはない素朴な魅力を持っている。
● ● ● ●七草かゆの思い出●
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七草かゆは子供時分の私にとって最も辛いイベントの一つだった。さしてうまくもないものを朝から食べさせられることも辛いが、この日を境に正月気分は消えうせ、3学期のバタバタに飲み込まれていくことになるからだった。「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これや七草」母親に教えてもらった春の七草。こうした生活の知識の伝承者は決まって我が家では母親だった。
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