旦那の居場所第18回 冬の豆腐礼賛

女将のダンナは「惣菜管理士」というあまり知られていない資格を持っている、 ただのサラリーマン。とにかく大の料理好き!・・で、このお店を間借りさせて あげることにしました。 名づけて「ダンナの居場所・・居酒屋のおやじを夢見て」。 これからも色々な素材を取り上げていきますのでお立ち寄りください。*この記事は1998~2005年に書かれています

学生時代、金のない時。運動部の合宿所の同居人で小遣いを出し合い、 コンビニに酒のつまみを買いにいく時。 はたまた、一人で晩飯のおかずを買いにいく時。定番はいつも「豆腐」だった。 うまくて、安くて、すぐ食えて。しかも、良質なたんぱく質が摂れる便利な食材。 減量中、夜中に起き出して、餓鬼の様な顔をしてパックごと豆腐に貪りついていた後輩の顔を今も忘れることが出来ない。


● ● ● ● 「豆腐 とうふトウフ」 ● ● ● ●


厚揚げの離水を止めるにはどうしたら良いか、豆腐工場からお声がかかりお伺いしたことがある。 水に浸けてやらかくした大豆に水を加えながらすりつぶしたものが呉(ご)。これを絞った豆乳を凝固させたものが豆腐。 大豆の種類・産地、水分、凝固時の温度 等など、豆腐作りの奥は深い。 絹ごし、木綿に加え、焼き豆腐、厚揚げ、油揚げ、高野豆腐。豆腐製品は身近にあふれる。 最近のヴァラエティー化も楽しくて、長期保存の効く充填豆腐やざるに入ったざる豆腐風、柚子などの風味豆腐。 冷奴専用、湯豆腐専用、でんぷんで硬くしてそうめん風にした奴などホントにたくさん種類がある。 がんもどきや、湯葉あたりまで豆腐ファミリーだとすれば、こりゃ凄い!全部、大好物ばっかりだあ。


● ● ● ● 「湯豆腐のこと」 ● ● ● ●


「冬の豆腐」といえば、なんといっても、湯豆腐。 湯豆腐といえば京都、南禅寺の門前でつつく湯豆腐。京都は水が良いから、おいしい豆腐が できるそうな。しかし、あの独特の風情、桧で作った湯桶に炭を仕込んで、丁度ほろ温まったやつを喉に 流し込むから、なおさらうまい。 各温泉場にも温泉のお湯で作ったおいしい湯豆腐がある。

九州は嬉野あたりも、泉質に癖がないから、 おいしい温泉湯豆腐ができる。とろとろを独特の胡麻だしで食べれば極楽。 さてさて、湯豆腐の作り方。まずは、昆布だし。鍋に水を張り昆布を入れ、冷蔵庫で10時間。 水出し法だと、昆布から苦くない、スッキリとしたうま味が出る。長時間のうちに、グルタミン酸ナトリウムに加え、マンニットのうま味もよく出て、バランスも良い。

そういえば、グルタミン酸ナトリウムを発見した、池田菊苗博士。湯豆腐を食べている時、 昆布を入れると何故おいしいかと閃いたのがきっかけだったとか。 そして、湯豆腐には豆腐のほかに何を入れるか。根深ねぎ、しいたけ、鱈、きっとお好みの具がが各家庭にあるに違いない。 もちろん「豆腐だけ」もうまい。しかし、ほんの少量の塩を忘れずに。たんぱく質に作用し、ふっくらとおいしく出来る。

■■■ 家庭でもほんとにおいしい、豆腐アレコレ ■■■

おいしい湯豆腐数々あれど、寒い夜にはこんな珍しいのは如何。 シンプルだけど、濃厚なうま味。これ何が入っているの?どうやって作るの? と思わず感動の「鶏皮だしで作る湯豆腐」

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昆布だしは前述の水出し法10時間。 別の鍋で鶏皮をゆで、アくがでたら、冷水にとって一度洗い、また水からコトコト炊いて鶏だしを取る。 鶏の皮を全部引き上げた鶏だしと昆布だしをあわせ、、 ほんの少しだけ塩を入れて湯豆腐のだしが完成。 お気に入りの豆腐を奴に切って入れ、食べごろを見極めアツアツを食べる。 具は豆腐だけ、酸味の柔らかいポン酢醤油との相性が良い。 鶏皮は捨てるの?後でこのだしで鶏皮雑炊にしますのでご安心。刻みねぎと溶き卵。味付けは塩だけで。


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凍豆腐は、豆腐を一度凍らせてから、乾燥させた保存食。 高野山ではじまったことから「高野豆腐」ともいう。 豆腐は水分が多く、冷凍耐性がないから、一度冷凍すると酢が入った感じになって色まで変わってしまう。 それを承知で、ちょっと使い残した豆腐を冷凍。解凍してボロボロになったのを だしで炊く。なんだかとてもシミジミした「自家製凍豆腐」が出来上がる。

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冷凍しておいた豆腐を自然解凍。適当な大きさに切る。 鍋に甘めのかつおを利かせただしを入れ、弱火で味がよく染み込むように炊く。 一度火を止め冷まし、食べる前にもう一度温めると尚更味がよく染みている。


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神奈川県の川崎に「貝屋」という焼き鳥の名店がある。 今はなかなか訪れる機会がないが、東京在住の折は2ヶ月に1回は顔を出した。「カシラ」「カワ」「ねぎ」「ししとう」!うまいから、何本でもぺロッと食べられる。だから、発注は「5本単位」がこの店の暗黙のシステム。 広島の銘酒「賀茂泉」を置くこの店は、他のつまみも、またうまい。「嵯峨豆腐」なる揚げだし豆腐、これまた絶品だったなあ。「へい、いらっしゃい!」お歳の割に、艶やかな威勢の良い声。先代の女将さんはまだご健在だろうか。 ということで、うまかった嵯峨豆腐を再現。「山葵の効いた揚げだし豆腐」

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豆腐の上面をくりぬき、山葵漬け(粕漬け)を射込む。あとは揚げだしの要領で。 たっぷりのアツアツのだし、長ねぎの千切り、おろししょうがをかけて。 あんまりうまいので、ぺロッと豆腐一丁たべてしまいます。 揚げだしの際の豆腐はよく水を切れというが、あまり切ると豆腐のうまさも逃げてしまうので程ほどに。旦那は決死の覚悟で、ほとんど水を切らずに揚げています。


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旦那の居場所、今回は「冬の豆腐」のおいしさについてでした。

古典落語で「酢豆腐」なるお噺がある。いつも知ったかぶりをする若旦那に町の衆が、 珍しい豆腐があるといって腐った豆腐を食べさせる噺。腐っているとは知りつつも若旦那、行きがかり上、食べざるを得ない。やはり豆腐は庶民の食べ物。日常縁の深い食品を通じての江戸庶民の泣き笑いは痛快で、どこか風刺的でもある。

「遺伝子組換え技術(GMO)」論議の盛り上がる昨今、豆腐の原料「大豆」もまた渦中の農産物。 日本の大豆の年間消費量は500万t。国産大豆の生産量は10万tにも満たない。「世界の食料需給」「病虫害の進化」「農業人口の低下」「安全性の国際基準作り」「食品に対する正確な知識の普及」 「NON-GMO原料の製品へのコスト転嫁」等等、いろいろな観点から冷静に是非を議論しなければならない問題。

「GMO」に限らず、「無農薬」「有機」「国産」「無添加」「天然」。定義のよくわからない表現を、意味も調べず、敬遠したり、有り難がる風潮。 「イメージ」「思い込み」では良し悪しを判断しない、見識の高さが21世紀の「食」問題解決のキーになると思う。
豆腐やさんに言いたい。輸入ものでも国産でもいいから、安くて豆腐に適した大豆を見つけて、香りの良い、おいしい豆腐を 作り続けて下さい。

それにしても「冬の豆腐」が煮える音を聴きながら、女将と差しつ差されつ熱燗をちびちび。 もうそれだけで、「日本人に生まれて良かった」なんて、思ってしまうからホント 「冬の豆腐」の魅力とは不思議なものです。

(2000年1月 copywright hiroharu motohashi)

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